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来月12月16日(日曜日)仙台メディアテーク7Fにて
仙台から新しい力としてのファッション&メイクショーを開催します。

「uovo artista in sendai」(アーティストの卵たち)

...仙台は震災の被災地でもありますが、自らの力で創り出すことを考えて
これからの世代を中心に切り拓いていくイベントです。
専門学校の生徒さんが中心となり、そこにプロの方々のご協力を頂いて
今までにないもの、そしてより続けていくことで広がることを期待します。

ささやかながら、私もカメラマンとしてステージ作りに協力させて頂きます。
ぜひ、皆様からの応援とシェアをお願いいたします!!
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遅ればせながら11月6日無事写真展終了しました。
期間中、足を運んでくださいました方々や、応援していただいた方々へ、ただただ感謝でいっぱいです。

この写真展はメンバーが自ら作り自らの世界を見てもらおうと企画しました。
上手下手とかではなく、それぞれ写真の真ん中に誤魔化さないでしっかり人を写していこう!
そんな写真展を見てもらえる機会があってもいいじゃないか?

また、その中で私も含めてメンバーの方々へもいろんな変化や成長があったようで、それだけでも
最初の展示会として成功したと思っております。
メンバー全員、来年もやろう!と意気込んでおりますからね(笑)


また、それとは別に写真展にいらして頂いた方から、あるイベントへの参加を打診されました。
詳しくは後ほどご報告と思っておりますが、何かをきっかけに広がることはうれしいですね!


さて、写真展メンバーとまもなく打ち上げをする予定ですが、その前に正式に写真サークルとして
名前を作らせていただきました。
ひとつの枠組をつくる理由は、決して拘束ではなく、これから団体でかかわるケースが多くなると
感じたことと、それぞれの役割を担ったほうがこれから、将来へつなげることが出来ると思ったからです。

正式な名前は

  写真サークル【Re:】Photo (リ・フォト)  

  【Re:】 はメールとかの返信のオブジェクトを表しますが、写真が一方通行にならないようにと。
  また、Re は再生や見直しの意味もあり、変わり続ける時間の流れの中で認め合いながら、
  時々自らの写真や捉え方を見直すことも必要なんじゃないかな。。
  これが完成形!ではなく、つまずいたり凹みながらでも前向きに発見出来ましように・・・。


それと、このサークルは同意していただける方なら全国の誰でも参加をしていただけるようにしようと
考えています。

ぜひ、これからも、【Re:】Photo の活動を暖かく見守っていただけますようお願い申し上げます。




  「写真に載せた想いは誰の気持ち?隠さないでいいのさ!そのまんまで素敵なんだから!                           
      人は誰でも見える世界を作ろうとするけど・・見えないものが大切なこともあるさ!」

                 

3月11日午後3時前。
撮影したアルバムの整理中に、突然携帯の地震エリアメールが鳴った。

「地震がくるぞ!」
そう階下の家族へ叫んだ直後、それは来た。

パソコンが倒れそうになるのを押さえながら、目の前のテーブルが20センチくらい右へ左へ動く。
いつもならすぐに治まる揺れがますますひどくなる・・・「家具から離れて!」そう大声を上げた。

1~2分続いただろうか・・やっと揺れが止まり、床に落ちたものを飛び越えて階下へ降りると母親が玄関のドアを開けたまま、真っ青な顔をしていた。(後ほど聞いたらご近所さんと話していたらしいが、揺れの最中に「なに~コレ!!」と叫んでいたと言う。)

何人か外へ飛び出してくるご近所さんへ声を掛けて、娘の小学校へ車を走らせた。
途中で信号機が止まっているので、一時停止をすると車がうねるような大きな横揺れを感じる。
小学校の近くで学校はパニックになってはいないことを確認して、父親の行きつけのパチンコ屋へ行き先を変える。パチンコ屋は従業員やお客が全員外へ出ていて大混乱していた。
やっとのことで父親を見つけて「急いで帰って!」と一言告げて、再度小学校へ娘を迎えにいく。

小学校では、何度も来る余震の中、校庭で全校生徒がしゃがんでいて防災ずきんを被っている。
知り合いの父兄も駆けつけてきていて、学校の許可が出たので娘を連れて帰ってきた。
同時に妻より無事のメールが届く。

自宅へ帰って家族全員の無事が確認出来たが、母親のつけていたラジオからは「大津波が来ます!大至急海岸線から離れてください。出来るだけ遠くに避難してください!」を繰り返していた。

しばらくすると電話は繋がらなくなった。
携帯のメールで何通かやり取りしながら、自宅の懐中電灯をかき集めて明るい内に出来ることをする。
親しい近所の共稼ぎの家へ、お子さんたちの無事を確認しに何回か訪問した。
その間にラジオで地震の度に震源を発表するのだが、毎回違う震源地のため、どうなっているのか混乱していく自分がいた。

夜になり電気復旧を諦めて、キャンプ用のコンロで残り物のご飯を炒めてチャーハンを作る。
ご近所さんへ届けるが、まだご両親は帰って来ていないと言う。

夜になり、ご近所さんが来てくれたが、長町のララの立体駐車場のスロープが崩れたと聞く。
改めて、状況がひどいことがわかった。

夜中は何度も来る余震の中、ラジオと懐中電灯で、普段着のまま夜を明かした。
真っ暗な中の星空は驚くほどの星がはっきり見えた。



12日(2日目)
とりあえず会社へ出社する。
少し早めに着いたが、近くのスーパーはガラスが破損していて、やはり信号も止まっていた。
会社へ到着すると、ポツリポツリとスタッフが出勤してきた。無事を確認しながら状況をお互い確認しあう。
スタッフが集まったときに、状況確認と役割分担を決めて全員で一斉に取り掛かる。
幸い大きな損傷もなかったので、2時間程度の作業で終了した。

スタッフが持ってきてくれた炊き出しで、皆で昼食。

午後より東部にある本社へ報告のため車を走らせる。途中、何箇所か亀裂がある建物をみる。
また繁華街ではビルのガラスが割れて飛散していた。
思ったより街中は冷静のように感じる。(まだ被害の実態が報道されていなかった)

本社へ到着すると、やはり被災しており、情報が錯綜していた。

帰り道に少し迂回して若林区を回るが、電柱が倒れ電線が垂れ下がっていた。また田んぼの中には津波の跡と思える水が貯まっていた。


13日(3日目)
このあたりになると携帯のバッテリーが無くなってくる。車で充電しながら、蒲生地区のお客様宅へ。おばあさんもいるので大丈夫か心配していたが・・・・

水が上がった跡を見ながら、車が用水路へ落ちている現場を途中から徒歩で入っていく。
そこには瓦礫(材木や日用品、家具、車、電柱・・・)が泥だらけになって広がっていた。
道路も家もどこにあったかわからない。

すぐ横の半壊した民家へ自衛隊が生存者を探して声を掛けている。
何かしてあげなくては・・と思うが、個人の力では津波警報が出ているエリアへは無理と思い知らされる。
お客さんは半分なくなった家で、全員無事に荷物を探していた。本当によかった!

ただお客さんとの話で2階は水が上がっていないが、誰か物色した跡があり物がなくなっているとのこと。

帰り道に自衛隊が亡くなった方を毛布にくるんで車へ乗せていた。
土手沿いでは「昨日も遺体が見つかったところだから、丹念にさがせ!」と5、6名が捜索している。
手を合わせてる横を、作業着を来た人とすれ違ったが、一瞬耳を疑った。

「貴重な資源だからな!」そう笑いながら彼らは散乱しているビールやジュース缶を集めていた。

帰り道には怒りと共に悲しくなった。


現地にはカメラを持って入っていく人(報道関係ではない)もいたが・・・


悲惨な状況を撮影することに抵抗があり、罪悪感の中数枚を撮影した。
その写真は迷いましたが、ブログ、HPでは公開しまないことにしました。

みんながんばれ!
「がんばろう!東北」











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プロフィール

HN:
西条 春樹
性別:
男性
職業:
会社員
趣味:
写真、アウトドア、映画
自己紹介:
杜の都仙台のフォトグラファーを目指しています。
2012年「こころの空」写真展主催。
2012年「uovo artista in SENDAI」背景写真担当
2013年「クリエーターチームB-birth」創設、代表兼カメラマン
2014年 Re:PHOTO 設立
2015年 公募写真展「つむぎのとき」企画主催代表

ただひたすらに「写真に本当に写るもの」を追い求めて挑戦しています。

愛機はD700、S5pro、D5000。


空の月や星を見上げて・・誰かの想いが届きますように・・。

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